樹木の剪定の話をします。
剪定とは簡単に言うと樹木の枝を切ることです。 その目的は何でしょうか。
樹木の持ち主の考えによって決まります。 一番多い理由は枝が伸びて見苦しいのですっきりさせたいというものです。 家主が自分でできなければ、私のような造園家が剪定をすることになります。
一口にすっきりさせるといっても人ぞれぞれの「すっきり感」がありますので剪定の仕方はその人の主観的なものでその人のセンスで切ります。
人間は本能だけでなく理性があり、自由に自分の好みを選ぶことができます。 ですから、時には無駄な賢明ではない選択、決定をするものです。
一方、木は人間とは違って100%木に植え込まれている本能によって生きています。 この本能は完璧にプログラムされているため、木は生きるために無駄なことは一切しません。
ですから、木が人目にはぼうぼうでむさ苦しく見えてもその姿はその木にとって今生きるためのベストの形なのです。 無駄な枝など木にとって一つもないのです、もし木にとって無駄な枝は放っておけば勝手に枯れて落ちてしまいます。 木は自分の本能でちゃんと剪定するのです。 造園家がこんなことを言ったら商売にならないのですが本当にそうなのです。
木にとっては自然でベストでも、木を眺める人にとってはそうは感じないので、余計と思える枝を切ろうということになります。 ですから、剪定という作業は木の都合ではなく、人の都合でするものだという事になりますね。
私の剪定についての考え方は木の都合と人の都合両方を尊重するというものです。 今お話したように、木にとっては今の形がベストですので、枝を切られれば切られるほど 木にとってはつらいことになります。どこかが必ず傷み、弱ることになります。 ですから、木が耐えられる限界を考え、どの枝を、どの程度まで切るのかの見極めが大切になってきます。最後に樹木研究者アレックスL・シャイゴ博士の言葉をご紹介します。
「専門家とは適量を理解する人である! そして、適量を理解するためには取り扱うシステムを理解しなければならない」。※
※引用:(樹木に関する100の誤解.8P アレックスL・シャイゴ著 日本緑化センター)

